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こういうのは勘弁して

6月1日から、耳が全く聴こえない聴覚障害者でも、普通自動車免許が取れるようになるらしい。聴覚障害者は、幅の広いルームミラーと、聴覚障害マークを装着することを義務付けるだけで、一般の方々と同じように公道を運転することができるようになるとか。

障害を持った方でも、免許を取得し、車の運転ができるようになることは、制度としてはとてもいいことだと思う。

でも、ちょっと待って欲しい。耳が聴こえないのに運転して、本当に大丈夫?

周りの車が、危ないからとクラクションを鳴らしても、クラクションが鳴っていることがわからない。それで事故を起こしてしまう可能性が大きくありませんか?健聴者側が注意すればいいとか、そういう問題じゃないと思います。

緊急車両が赤信号の交差点に進入するときは?サイレンの音やアナウンスで判断ができないなら、目で見て気付くしかない。でも、目に見えたときにはすでに遅すぎる場合もあるのでは?緊急車両からは見えない位置にいたら、緊急車両が注意することもできないですし。

具体的な安全対策が出ていない状況で、聴覚障害者への免許取得を許容する意味がわかりません。Yahoo!ニュースでのコメントを見ても、やはりみんな懸念しているのは同じ事。

聴覚障害者には申し訳ないですが、正直なところ、運転はしてほしくないです。周りのみんなが気遣えばいいと言っても、現在の世の中、それがどれだけ夢物語なのかは誰もがわかっていると思います。

そして、もしも健聴者と聴覚障害者が事故を起こしてしまった場合、健聴者の過失割合が一方的に悪くなるようなことがないようにしてほしいです。たとえどんな障害があったとしても、運転手という同じ土俵に上がったからには、刑罰が軽減されるような差別はあってはいけないと思います。

※ ここでの『聴覚障害者』は、耳が全く聴こえない方のみとお考えください。少しでも聴こえる方の運転を反対している訳ではありません。

------ 以下、Yahoo!ニュースより ------

<聴覚障害者>運転手向けのマーク決定 警察庁

 警察庁は、聴覚障害者が運転する車に表示するマークの図柄を決め、15日公開した。6月1日施行の改正道交法で、全く耳の聞こえない人でも運転免許を取得できるようになることに伴い、他の車に注意喚起するのが狙いだ。
 マークは直径12.2センチの円形で、白で縁取りした緑地に黄色のチョウの模様を配置。夜間でも識別しやすいよう、反射材を使っている。
 運転免許は、これまで一定の聴力がないと取得できなかった。改正道交法は、まったく耳の聞こえない人でも、普通自動車に限って免許が取得できるようになる。ただし、幅広のルームミラー(ワイドミラー)の装着と、運転時に車の前部と後部にこのマークの表示を義務付ける。
 ワイドミラーの装着やマーク表示を怠った場合には、2万円以下の罰金などが科される。また、マークを付けた車に幅寄せや割り込みをすると、5万円以下の罰金が科される。

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20080515-00000038-mai-soci

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コメント

は?全く聴覚無い人も免許持ってるし。何今更そんなんゆーとんねん

コメントありがとうございます。

今現在、免許を持っている聴覚障害者は、一定の聴力(10m離れて90ホンの警音器の音が、補聴器を装着して聞こえる)があるはずなので、ともえさんのコメントにある「全く聴覚無い人」は、まだ免許が取れないはずです(今現在は、法的にそう決まっているため)。

6月1日に施行される改正道交法により、全く聴力がない方でも運転免許を取得できるようになる(ただし、運転の際はワイドルームミラーの装着とマークの表示が義務)ので、この記事は今さらではないと思われます。

また、昨日の記事で言葉足らずな部分があったので、ここで補足させていただくと、全く聴力のない方が仮に事故を起こした場合、警察や救急の連絡、人身事故の場合は怪我人のケアなどは、どのようにして行われるのか。健聴者と同じように迅速に対応できる手段は用意されているのか。

そういった面がクリアになっていない以上、安易に賛成はできない、ということです。

初めまして、こんにちは。
気になったので書き込みさせてくださいね。

事故が起きた場合、確かに直ぐには連絡など出来ないとは思います。それは交通事故だけでは無いはずです。例えば、火事など。
でも、連絡が直ぐに出来ないからと言うことで一人暮らしを禁止したり、車での移動を禁止したら聴覚障害者の自立という部分はどうなるのでしょうか。
仕事をするには車の運転免許を条件にすることもあります。ただでさえ、障害者の雇用は少ないのにこの部分を奪われてしまったら生活はどうなるのでしょうか。

耳が聞こえないから危険だということを言い出せば、色々なことが危険になってしまい聴覚障害者の社会へ出る機会を奪ってしまうことになります。

それから、今まで免許取得で補聴器をつけて10メートル離れて90dBの警笛音が聞こえるというのが条件とありますが、その音と言うのはどの位の音かわかりますか?

初めまして、わたしは耳が痛い全然聞こえません。
免許証を取得し、運転して25年以上になります。
一般道路、高速道路も、どこでも走れます。
交差点、駐車してる影から、色々と、聞こえる人の倍以上、気を遣いながら徐行します。
聞こえないからと、出来ないでなく、目があります。
常にバックミラーと両サイドミラーを確認しながら走っています。
わたしの回り、全然聞こえない友達もたくさんいて、走っています。
もしかしたら、あなたが走っている隣の車も聞こえない人かも知れません。

でも、あなたは耳が聞こえない人が事故が起こったらどうするの?を心配されています。
確かに、事故が起こったら、色々な面があると思います。
だから、これが困るから運転させるなと言うのはおかしいと思います。

さっき投稿しましたが、文章のミスがあって申し訳ありません
耳が痛い→間違いです
耳はうまれつきで聞こえなくて全然聞こえません。
聞こえない分、聞こえる人より、勘が鋭いです。

初めまして、わたしは耳が痛い全然聞こえません。
免許証を取得し、運転して25年以上になります。
一般道路、高速道路も、どこでも走れます。
交差点、駐車してる影から、色々と、聞こえる人の倍以上、気を遣いながら徐行します。
聞こえないからと、出来ないでなく、目があります。
常にバックミラーと両サイドミラーを確認しながら走っています。
わたしの回り、全然聞こえない友達もたくさんいて、走っています。
もしかしたら、あなたが走っている隣の車も聞こえない人かも知れません。

でも、あなたは耳が聞こえない人が事故が起こったらどうするの?を心配されています。
確かに、事故が起こったら、色々な面があると思います。
だから、これが困るから運転させるなと言うのはおかしいと思います。

>桜子さん
初めまして。こんにちは。
コメントありがとうございます。

私は、聴覚障害者の自立に関して制限しようとは思っていません。健聴者と同じように生活し、仕事し、楽しく暮らせればいいと思います。ただ、やはり健聴者と違って、どうしても平等にはなれない部分があると思います。そのひとつが、今回の免許のことです。

運転免許が取れないことで、聴覚障害者が社会に出る機会をわずかでも奪う可能性は確かにあります。ただ、そのために公共の乗り物の割引などでサポートされている部分もありますし、非常に言い辛いのですが、車の運転に関して、健聴者と全く平等に、というのはとても難しい問題なのではないでしょうか。車の運転では、音に頼らないといけない部分があるからです。

だからこそ、障害者手帳というものがあり、障害者の等級があり、それらを提示することでいろいろな面でのサポートを受けることができる制度があるんだと思います。

また、私は今回の記事で、車の免許取得に対しては賛成できない、ということに限定して記事にしています。決して、一人暮らしを禁止するなど、免許以外のことを制限してほしいとは思っていません。

一人暮らしをするのであれば、例えば自宅に緊急通報用の機材を設置する(障害を持つ、一人暮らしの身内の家では、大きなボタンのついた緊急通報装置が設置されています)などで、もしものときの備えができます。もし自宅が火事になった場合は、この機材で緊急通報するなどの対策が取れるでしょう(身内の家では、市から無料で貸し出されているそうです)。その前に、緊急通報装置につながっている火災探知機が反応しそうですが・・・。

車は一歩間違えば、人を簡単に殺めてしまう凶器になります。聴覚障害を持つ方だけに限らず、車を運転するということがどれだけ責任のあることなのか、どれだけ危険なことなのかをよく考え、また、道交法の改正も、もっと利用者(運転者)の立場になって考えて欲しいと思います。聴覚障害者も健聴者も、何かがあってからでは遅いのです。

長くなりましたが、最後に。

私自身は健聴者の方に入るため、「補聴器をつけた状態で10m先の90dbの音」がどれくらいの音に聴こえるかはわかりません。しかし、音が全く聴こえない状態と、わずかでも聴こえる状態の差は、大きいと思います。

これで最後のコメントにさせていただきますね。

確かに障害者手帳の級によっては公共の交通機関では割引があります。
でも、それを使えば良いのではないのか?と言われたら、聴覚障害者自身の選択肢を奪うことになります。
車の免許を取ることが認められているのに他から運転するな、割引制度があるんだからそっちを使えば良いじゃないかと言われたらどういう気持ちになるのでしょうか。

実際に聴覚障害者と関わってみないとこの問題を含め聴覚障害者の生活はわからないと思います。

この件以外にも当事者だったり、その人と関わっていなければわからない、気付かないことって多いのではないでしょうか。
日記を読ませていただきましたが、子どもさんのお話とかも当事者でないとわかりません。

最後に書いた90dbの音と言うのは自分の声が聞こえないくらいの大きさだと聞きました。なので、ほとんど聞こえない状態ということになります。

長々とコメント失礼いたしました。

>みゆきさん
はじめまして。こんにちは。
コメントありがとうございます。

さらに踏み込んで詳しく調べてみると、運転免許更新時の聴力検査は場所によってかなりまちまちのようですね。健聴時に免許を取得し、中途失聴した方の中には、更新時の聴力検査なしに医師の検査のみでパスしている方もいるとか。

ただ、全く聴こえない状態から新規に運転免許を取得することができるのでしょうか。

以下、現在の道路交通法の第23条です。

第23条
自動車等の運転に必要な適正についての免許試験(以下「適正試験」という。)は、次の表の上欄に掲げる科目について行うものとし、その合格基準は、それぞれ同表の下欄に定めるとおりとする。

聴力部分のみ抜粋
聴力(第1種運転免許(以下「第1種免許」という。)及び仮免許に係る適正試験にあっては、補聴器により補われた聴力を含む。)が10メートルの距離で、90デシベルの警音器の音(注)がきこえるものであること。
(注)デシベルとは音の周波数ごとの大きさ。車のクラクション音はすぐ近くでは約110デシベルといわれる。

1973年から補聴器の使用が認められ、この第23条は1975年から施行されています。それ以前は補聴器の使用すら認められていません。

もし今までも、全く聴力のない方の運転免許取得ができていたのであれば、私の調査不足です。申し訳ありません。

事故を起こした場合はどうするのか、というのは、一例として考えてください。事故を起こしたときだけのことを見て、免許取得は賛成できない、と言っているわけではありません。

>桜子さん
他の方のコメント中にコメントをいただき、ありがとうございます。
引用に際して、適宜改行を追加させていただいております。

> 実際に聴覚障害者と関わってみないとこの問題を含め
> 聴覚障害者の生活はわからないと思います。
こう言われてしまっては、コメントでの議論も全て無意味になってしまいます。

確かに私は当事者でもなければ、聴覚障害の方と関わる機会もいないので、様々な問題に対して、当事者の立場は解りません。でも、そう言って切り捨ててしまっては、解ろうとしている人をも切り捨てていることになりませんか?解らない人は解ろうとする努力を、解る人は解らない人や気付かない人に理解してもらう努力は必要だと思います。

話は変わりまして、
> 最後に書いた90dbの音と言うのは自分の声が聞こえない
> くらいの大きさだと聞きました。
> なので、ほとんど聞こえない状態ということになります。
と仰っていますが、これは少なくとも健聴者が聴こえる音としては間違いです。

90デシベルの音というのは、犬の鳴き声、カラオケボックス、地下鉄電車内など、かなり大きな音です。とても、自分の声が聞こえないほど小さな音ではありません。

以下、音の参考にどうぞ。

10~30デシベル  ささやき声
40~60デシベル  普通の会話
70~80デシベル  子供の泣き声
90デシベル    犬の鳴き声
100デシベル   ガード下で電車が通過する音
110デシベル   クラクションの音(前方2m)

補聴器を通しても、デシベル単位あたりの音の大きさは変わらないはずなので、おそらく上記と同じくらいの音が聴こえるものだと思われます(実際に補聴器をつけた状態を体験したことがないので、どれくらいの音に聴こえるかはわからない、と前のコメントでは書きました)。

ということは、遠くから接近する緊急車両の音も、ある程度は耳で感じられるのではないでしょうか。

今になって考えてみると、この記事を書いたのは失敗だったな、と思います。聴力障害者の立場(と、それに関わる立場)の方も、健聴者の立場の方も、お互いに否定し、攻撃し合うだけで、何も前に進んでいないように思えてきました。

私らだけでなく、全ての人がもっと前向きな意見を出し合って、お互いに歩み寄れる道を見つけるべきですね。

初めまして、検索エンジンからきました。
たくといいます。
オレは、主と一緒で耳が聴こえない人の免許に
反対です。
主が言っているように障害者手帳を見せることで
割引があるのに、でも障害者の選択肢を奪うと
言いますが、選択肢を制限されることが問題ある
のですか。
障害の無い人でもいくらでも行動を制限されること
がありますよ。
全てを制限されているんじゃなくて他に選ぶ道が
あるのに、それはいやだから健常者と同じにしろと
いうのはわがままだと思いますよ。
自分ができる手段を使って自分には無理な手段
は諦めるのは、障害がある人ない人関係なくみん
なが当たり前にすることじゃないの?

>たくさん
初めまして。こんにちは。
コメントありがとうございます。

確かに、手段が用意されているのにそれは使いたくないから嫌だ、という部分だけを見れば、わがままにも見えます。しかし、割引されるとは言え、そういう移動代も結構バカにならないのかもしれません。自分でマイカーを持つのとどちらがお金がかかるかといえば、それは頻度にもよると思うので何とも言えませんが・・・。

また、私のように、公共の乗り物がとても嫌だと思う人もいるでしょう。それでも、会社に行くためには公共の乗り物を使うしかないので、我慢して毎日利用していますが・・・。その部分においては、障害者と健聴者で考え方の違いがあるのかもしれません。

私の周りの聴覚障害者はみんな免許を持っていますよ。
耳が聞こえない分、聞こえる人にとっては想像を超えるくらいの目の良さを持っています。

もちろん事故を起こした人は一人もいませんし、耳が聞こえないと言っても、
補聴器をはめると救急車のサイレンやクラクションくらいは聞こえる人がほとんどです。
一言に聴覚障害者と言っても、聞こえの程度は様々なのです。

それに、聞こえる人と同じように会社へ行き、普通の人以上のエネルギーを使いながら毎日働いています。
田舎では公共の乗り物はほとんどありません。
1時間に1本のバスくらいですよ。

聴覚障害者に対して免許を取るなというのは、
明らかに理解の乏しさから生まれてくるものだと私は思います。

公共料金の割引は、批判される方も多いですが、聴覚障害によって、
遠くの聾学校へ通ったり、通院で遠くの病院へ出かけたりなど、
交通費はバカになりません。
私は娘が聴覚障害者ですが、通院やリハビリのために、
1年間で交通費を30万以上使ったことがあります。

聴覚障害というのはとかく理解されにくい障害だと思うんです。
これだけは分かっていただきたいのですが、
全く耳が聞こえない人、というのはごくわずかです。
だから聴覚障害は身体障害者手帳2級が最重度で、
1級が発行されることは滅多にないのです。
どうか、ご理解ください。

>ネロリさん
初めまして。こんにちは。
コメントありがとうございます。

勘違いされているようなので最初に申し上げますと、私が記事を書いたのは『耳が全く聴こえない人にも免許を交付するのはちょっと待って』ということを言いたかったためであり、補聴器を使って音が聴こえるのであれば、全く問題ないと思っています。

ただ、記事内でも、その後のコメントでも、耳が全く聴こえない人を『聴覚障害者』と表現してしまったので、誤解されてしまうことになったと思います。申し訳ありません。

他の方へのコメントにも書きましたが、音が全く聴こえない場合と、例え僅かでも音が聴こえる場合では、大きな違いがあると思います。

さて、私は障害者に対して理解しようと思っています。記事やコメントを書く上で、できるだけ間違ったことを書かないように、自分が知らないことはできる範囲で調べています。

> 聴覚障害というのはとかく理解されにくい障害だと思うんです。

ネロリさんがこう仰るのも理解できます。

ですが、やはり当事者もしくはそれに関わる方の中には、『どうせ健常者や関わりのない人にはわからない。』と逃げてしまう方が多く見られます。いくら理解しようとしても、こう言われてしまっては理解のしようがありません。

かと言って、インターネットや書籍などで自分から進んで勉強して理解しようとする人はなかなかいません。そのとき自分に必要のない情報は積極的に捨てていかないと、昨今の情報過多な社会ではついていけなくなるから、というのもあると思います。

理解が乏しいと非難するより、今回のネロリさんのコメントのように、ご面倒でも一言でいいので説明を入れていただけると、わからない方も『なるほど』と理解できるかな、と。その方が、お互いにギクシャクしなくていいかな、と思います。

また、賛成派や当事者の方は、耳が聴こえなくても目で見るから大丈夫。自分の周りでは事故を起こした人がいないんだから大丈夫。と言いますが、それはあくまで今までのことであり、その人の周囲だけに限ったこと。これから先も大丈夫だと言う保証は誰にもありません(当然、これは健常者にも言える事)。

なので、何かあったときの対策も考えられていないうちに、全く耳が聴こえない方にも免許を交付する制度だけを先に作ってしまって大丈夫?という考えが、そもそもこの記事を書く上での疑問でした。

※記事内の、誤解を招きやすい表現がある部分を、少し加筆修正しました。

はじめまして、私も聴覚障害者です。
生まれつき難聴で徐々に聴力が低下し今では130デジベル以上聴力検査が出来ないので(鼓膜が破損する為)完全失聴者と呼ばれる様になりました。
ですが1年ほど前までは90デジベルの音を補聴器を使い感じる事が出来ていたので毎回自動車更新の度に適性検査を受け合格し自動車免許の更新が出来ていたのです。

90デシベル    犬の鳴き声

と↑に書かれていますが実際のところそれが犬の鳴き声であるのかクラクションの音であるのか音の区別は付きません。
一般道路に出てしまえば多くの音に溢れており「ゴー」と響いてくる音が何の音なのか区別は付いていませんでした。
それでも日本では適性検査でこの音を感じれば更新出来、免許の習得も可能だったのですよね。
当時音の区別が付かない為この適性検査の意味が理解出来ませんでした。
音の区別が付かないのに何の為の適性検査だったのでしょう。
今では完全失聴ですが自分で完全失聴していることに全く気が付かず生活していた時期があります。
定期的に受けている聴力検査で完全失聴に気が付いたんですよね。
それはどうしてかというと私の場合中途失聴だったので目で見える物の音を記憶にある音として目や肌が感じ取っていたからです。
音を感じ聞こえているものとばかり思っていました。
常に音を目や肌で感じ実際に聞こえているものだと錯覚していたのですよね。
完全失聴に気が付く前に少しだけ自動車の運転もしてしまってました。
常に「ゴー」と聞こえていた音が感じなくなっていたのに気が付かなかったのは耳鳴りが同じ様に24時間続いていたからです。
今思えばこの耳障りな「ゴー」という音を感じなくなったので神経を集中させ易い状態にあり日常生活が過ごし易いものとなっています。

完全失聴者の自動車免許の習得に関する署名運動が約半世紀続いたのをご存知ですか?
海外には既に完全失聴者でも免許の習得が出来る国が多い事をご存知でしょうか?
この半世紀に渡る署名運動の時期に免許の習得が認められている国の健聴者、難聴者、完全失聴者別に事故の割合が調査され一番事故を起こす割合が多かったのが健聴者だったという結果が出ていたのをご存知でしょうか?
もちろん国内でも健聴者と適性検査に合格した聴覚障害者別に調査され健聴者に事故の割合が多いという結果が出たのをご存知なのでしょうか?

この半世紀という長い年月の間に出されたデータに基づき完全失聴者でも免許の習得、更新が認められるようになったのです。
そういう事をご理解頂ければ嬉しく思います。
とても気になりましたので長い文章になってしまい申し訳御座いません。
ちなみに私はずっと無事故無違反のゴールドドライバーです。
聴覚障害に関係なく全てのドライバーが自動車の運転に気を付けるべき事だと思ってます。

今回の改正に大反対です。
各種掲示板で賛成の意見を読んで憤慨しております。
賛成派は危険な運転者の存在をあげます。
たしかに、安全意識を欠いた運転者の存在は大きな問題ではありますが
今回の改正が社会に新たな危険を与えることは事実です。
能力によって運転できる人とできない人を「区別」するのが
免許制度本来の姿のはず、「区別」と「差別」の違いもわからない
人が多すぎます。

>優子さん
初めまして。こんにちは。
コメントありがとうございます。

なるほど。例え音が感じられても、それらが全て『ゴー』という音になってしまい、区別がつかない(つきにくい)んですね。とすると、その『ゴー』という音の中に、少し違った風合いの音があるな、というのもわかりにくいものなのでしょうか。つまり、音としては感じられるけど、それが何の音なのかはわからない、と。

確かに、環境音に埋もれてしまえば、それが緊急車両なのか、犬の鳴き声なのかは判断がつかないのかもしれません。健聴者でも、まわりの環境音によってはネコの鳴き声が赤ちゃんの泣き声に聴こえることがあるなど、音の判断ができないこともありますし。とすれば、現行の『10m先の90dbの音』という基準は、本当に意味があるのか首を傾げたくなりますね。

具体的な説明をいただき、ありがとうございます。状況が非常にわかりやすく、なんとなくではありますが、どのような状態なのかがイメージできたように感じます。そして、こういう状況なんだとわかれば、たとえわずかに聴こえようと、完全に聴こえまいと、運転する上では大きな差がないのかも、と思えてきます。こういった具体的な説明があって、ご理解ください、と言われれば、確かに理解できます。

さて、ご質問の件ですが。

まず、署名活動のことは知っています。というより、記事を書く上で調べて知りました。海外では完全失聴者の免許交付があることも同じく知りました。統計なども同じくです。しかし、海外と日本では、道路設備や制度が大きく違うので、『海外がOKだから日本もOK』というのは違うんじゃないかな、と思っていました。

これは、某政治家が『海外ではもっと消費税が高い国がたくさんある』『法人税は日本がダントツで高い』などと海外と日本の税率のみを見て比較し、バカげたことを言っているのと似ているかな、と。消費税が日本より高い国は、その分国民を補助する制度が日本より格段に整備されていますし、法人税が安い国では、法人が税金以外のスポンサー的なお金を出しているところが多いようです。

税金について例をあげてみましたが、どのようなことでも、付加制度は切り捨てて制度だけを真似しようとすると、どこかで破綻が起きる可能性が大きいので、自分的には海外との比較は難しいと思っています。

そういう考えもあり、現状では自分はやはり、今回の改正はもう一度考え直して欲しい、という部分があります。

丁寧なお返事をありがとうございました。

全く聞こえない人が車を運転する際、蝶のマークをつけて回りに気をつけてもらおうとする趣旨なのでしょうが、
私もヴェルさんと同じく、それだけでは安全を十分確認することはできないと思っています。

クラクションや緊急車輌のサイレンが聞こえた時に
車内でランプが灯るなど、何らかの対処が必要だと思います。
この件、詳細がニュースには報じられていませんから、
一度警視庁へ問い合わせてみたいと思います。
すでに苦情殺到かもしれませんが(^^;

ヴェルさん、ご意見ありがとうございました(^^)

>Zさん
初めまして。こんにちは。
コメントありがとうございます。

仰るとおり、賛成派は『危険運転をする健常者』を例に挙げ、それに比べて障害者はこれだけ事故が少ない。これだけ安全運転をする。と比較している人が多いですね。

ここで忘れられているのが、安全運転をする健常者。そして、補聴器装着義務があるのに外したまま運転するなど、安全と思われる運転をしていない障害者。とかく人は、自分が賛成する側の悪い部分は隠し、反対する側の悪い部分をつつくように感じます。

少なくとも、6月1日から危険が増えると感じる人が多いことは確かだと思います。もしかしたら、完全失聴者が免許を取れるということを知らないままの人がいるかもしれません。様々なメディアでこのことを大きく取り上げていないのがまず大問題です。しつこいくらいテレビCMなどで流し、周知しないと、その危険はさらに増すことでしょう。

今回問題なのは、制度を改正することで最低限必要なことをほとんどしないまま、新制度をスタートさせてしまうことではないかな、と思います。それによって被害を受けるのは健常者であり、今まで運転できていた障害者であり、今回新たに免許を取得できる完全失聴者ではないでしょうか。

本当に区別と差別の違いがわかっていないのは、もしかしたら公安や警察だったりして・・・。

>ネロリさん
こんにちは。
こちらこそ、ご丁寧なコメントありがとうございます。

たとえこの制度に賛成するとしても、反対するとしても、やっぱり気になるのは安全に安心して運転ができる対策が何も考えられていないこと。ちょうちょマークをつけて、ワイドミラーを装着するだけでは、何も安全ではないのです。ネロリさんが仰る通り、耳で感じられないなら目で見えるようにする工夫が必要で、それらはできれば無料で貸し出されるのが理想ですね。無料貸し出しの実現はかなり難しそうですが・・・。

そして、テレビCMなどでもっとちょうちょマークのアピールをするべき。今のままでは、ちょうちょマークが何の意味なのかわからないままの人がたくさんいると思います。むしろあのデザインでは、趣味で貼っているステッカーだと思われても仕方がないかも。

賛成者の中にも、手放しでは喜べないと思っている方々もいるのではないでしょうか。ネロリさんのように、苦情ではなく、賛成なんだけどここはどうなっているの?という質問も結構寄せられているかもしれませんね。

一般的に障害者の社会的要求に反対意見を述べることは、それが正当なことであっても
「差別だ」といった批判を受けやすくあえてその批判を覚悟してまでも主張をすることには困難があります。
したがって組織だった反対運動が起こる可能性は低い。
長期間続く権利獲得運動に対応するわずらわしさと、改正反対運動のリスク、
この二つを天秤にかけたのが今回の決定の真相ではないかと推察します。
さらには小さいながらも新しい利権がうまれることが決定の動機だったのではないでしょうか。

しかしながら今回のように明らかに社会に危険を生じさせるような法改正には
それが決定されるまえに勇気をもって反対の声をあげることが必要であると痛感しました。

残念ながら今回のことはすでに決定してしまったことであり、覆すことは難しいように思います。
可能性があるとすれば、聴覚障害者による事故が連続しそれが社会的な注目を集めた場合のみでしょう。
そのような場合はできうる限り行政に対して反対意見を述べたいと思っております。
ヴェルさんのように常識的な意見を述べていらっしゃる方にも同心していただければと考えております。

私たち聴覚障害者の音の世界を少しでもご理解頂いて嬉しく思います。
仰る通り現行の適性検査での基準に合格しても少し音の違った風合いに気が付くことは全く出来ませんでした。
私は音が聞こえるという表現は殆どしませんし「音を感じる」と言葉では表現しています。
音の区別が付かないのですからわずかに聞こえていても完全失聴していても自動車を運転する上での危険性は全く同じものなんですよね。

そして今回の改正には賛成でも反対でもなく中立的考えを持っています。
私が過去形で「完全失聴に気が付く前に少しだけ自動車の運転もしてしまってました。」と書いているのは現在は運転をしていないからなんですよね。
今回の改正は聴覚障害者の立場としては嬉しく思いましたが素直に喜べない部分は数多くあります。
海外と比較しましたがやはり道路の整備に違いが多くあるというのも理由の一つなんです。
だからといって日本国民が納めている税金で聴覚障害者の為だけに道路の整備をして欲しいと願うのも無理を感じます。

これは個人的な考えですが聴覚障害者(完全失聴者)が国にサポートして頂いている部分についても見直して欲しいです。
聴覚障害者に限らず障害者は税金の面でも優遇されていますよね。
例えば自動車税等多くあります。申請すれば納めなくても良い税金も公共の乗り物の割引もありますよね。
聴覚障害者が自動車免許の習得を認めてもらいたいのであれば私達聴覚障害者にももっと努力を必要とすべきではと感じ過ごしていました。
ですから私は自動車税も重量税も健常者と同じく納めています。
手帳を使い公共の乗り物の割引を受けたことは一度もありません。
日本の現状では難しいことでしょうけど出来ればそれらのお金を使って道路の整備をしその上で今回の改正をして欲しかったという考えを捨てきれずにいます。

私もそうですが持病があり聴覚障害者となってしまうことが多いので通院(交通費など)にもお金は掛かりますし余裕のある生活はしていませんがやはり慎重に安全運転を心掛けている健聴者ドライバーと比較しますと多くの危険を伴います。
完全失聴者が差別されていると声を上げるのもおかしな話ですよね。
私たち完全失聴者が胸を張って自動車の運転が出来るよう「今回の改正を見直して欲しい」という気持ちはヴェルさんと全く同じです。
ただどうして見直して欲しいのかという考えの違いがあるだけですね。

今回の改正では私でもまた自動車免許の更新が出来るので嬉しいですから更新はすると思いますが実際に自動車を運転するのかしないのかは別問題です。
折角半世紀も続いた運動を無駄にして欲しくありません。
私の様な完全失聴者、健聴者が安全運転を心掛ける事が出来る様私たちにももっと努力が必要ですよね。

ヴェルさま
ブログ上の場所をお借りし恐縮です。
優子さま
理性的な意見、拝読させていただきました。
今回の改正に交通インフラ面での条件につけるとしたら以下のようなものになるのではないでしょうか。
これらで完全に補完できるとは思いませんが、思いつくままに書いてみます。
1.完全失聴者が運転する車両にバックセンサーを取り付け予期せず車がバックした際に視覚的アラーム機能を装備する。
2.二輪なども含めた全車両のクラクションの音声波形に他の音と区別できるようなID波形を付加する装置を装備する。
3.完全失聴者が運転する車両に2を感知し対応する視覚的アラーム機能を装備する。
4.全国すべての交差点に緊急者接近時に点灯するパトランプを設置する。
5.警笛鳴らせ標識のある場所すべてに対向車両接近センサー、パトランプを設置する。
6.完全失聴者が円滑に救急車出動依頼できるようにするためにGPS機能付きボタン対話型通信装置の携行を義務付ける。
7.救急配備センターに5対応したインターフェース装置を配備し、応対者の訓練をしておく。
たとえばこれらを実行した場合の社会的コストはどのようなものになるでしょうか?
金額の算定方法など思いつきもしませんが、莫大なものになることは確かです。

このような社会的コストを考えるなら、おおよそ9万人程度と考えられる対象者に対する福祉政策の拡充を
考えたほうが合理的ではないでしょうか?

障害者の福祉とは、
- 社会に必ず一定の確率で存在する障害者がいかに幸福を追求するか。
- そして、そのことによって健常者の幸福追求をできるだけ妨げないためにはどうしたらよいのか。
このお互いに矛盾する2つの命題の両方を最大限に満足する妥協点はどこかを探り続けることであると考えます。

ヴェルさま、優子さま
ご意見を賜りたく存じます。

>Zさん
こんにちは。コメントありがとうございます。

貴重なご意見の交換にこの場を利用していただけるのは、むしろ光栄です。

Zさんの仰るとおり、障害のある方の社会的要求に反対することは差別だと思われてしまうのが今の社会です。誰もが疑問を持つことでも、正論で説得しようとしても、障害者側から『それは差別だ!』と言われてしまえば、正直反論はできません。障害があることを盾にされては、何も言えないからです。

障害のある方には申し訳ないですが、これは事実です。

さて、Zさんの最新のコメントに対して、私なりの意見を述べさせていただきます。

今回の改正に対して交通インフラ面への条件は、基本的にZさんの考えに準じます。

2番に関しては、おそらく全車両に今から対応するのは無理なので、クラクションだと思われる音に反応して視覚的なアラームが作動する装置を聴覚障害のある方の車に設置するだけでもいいかな、と思います。多少は誤反応してしまっても仕方ないと思いますし、社外ホーンなどに付け替えられてしまったら、ID波形などでの判断は難しくなりそうだからです。

4番と5番に関しては健聴者に対してもかなり有効だと思われるので、ぜひ設置してほしいと思います。風向きによっては、車の窓を開けていても緊急車両の音が聴こえにくいときがありますし、音が響いてしまってどの方角からくるのかが解らないときもありますし。

6番に関しては、私も全く同じ考えを持っていました。GPS機能で位置の把握ができれば、おそらく何かあったときの救助も迅速に行えると思います。おそらくこれを義務化しようとしたら、聴覚障害者側から『いつでも居場所を知られるのはプライバシーの侵害だ』という意見がでそうですが、ボタンを押したときだけGPS発信するなどの工夫をすれば、実用化できるかな、とは思います。

ただやはり、これらにかかる費用ですね。おそらく実用化するだけの予算はないと思います。かといって、これ以上障害のある方に負担を強いる訳にもいかないでしょう。

話は変わりますが、今回の改正道交法に関して、少し気になる意見を見かけました。それは、聴覚障害者が公道を運転する際に課せられた義務として、ちょうちょマークとワイドミラーの装着義務。この義務を課すことは差別だ、という一部の聴覚障害者の意見です。ここではこの意見に関しての考えを述べる事は止めますが、聴覚障害者にとってはせっかく一歩前進した改正案だと思われるのに、こう考える人も中にはいるようですね。少し意味合いが違いますが、Zさんの先のコメントにある『区別』と『差別』を履き違えた一例かな、と思いました。

今現在、障害者の幸福も健常者の幸福も追求できる方法として、障害者割引サービスがあり、その他サポート体制が揃ってきていると思います。当然、それらを利用するかしないかは障害のある方ひとりひとりの考えによりますが、まだ、必ずしも全員が平等に受けられるサポートではないと思っています。

障害者への免許交付云々も確かに大事な問題ですが、まずは障害のある方々が平等にサポートを受けることができ、自分でどのサポートを受けるかを自由に選択することができ、そのサポートに対して健常者が理解を持つことが先であり、もし、そういったサポート体制が整っていて、免許を持たずとも不自由しない状態になっていれば、今回のような免許騒動?も無かったかもしれないな、と思いました。

夢物語かもしれませんが、これが理想の姿だと思います。

論点がずれてしまってすみません。

>優子さん
こんにちは。コメントありがとうございます。

やはり基準を設けるのが健聴者だと思われるので、聴覚障害のある方にどう聴こえているのかは考えていないのかもしれませんね。実に曖昧な基準です。

道路整備については、ガソリンに乗せられている税金などで障害者用に整備することは全く問題ないと考えます。障害のある方が安心して安全に利用できる道路を作るということは、結局は健常者にも安心して安全に利用できる道路になるから、と思うからです。むしろ、政治家などが私腹を肥やすために使うくらいなら、そういった整備に使っていただく方が何倍もマシです。

そして、優子さんも触れられておりますが、優遇されているという税金面は確かに見直しが必要かと思います。免許を取得し、健聴者と同じように道路を往来するのであれば、公的機関の乗り物の割引は無くすべきです。自動車税など、車にかかる税金なども健聴者と同じように支払うべきです。

私は聴覚障害者だけど車は運転したい。でも障害者なんだから割引してよね。

これはさすがに批判されるし、間違っているでしょう。でも、こう考える方も少なからずいるというのが現状です。そんな中で、優子さんのように、自分の考えをしっかり持ち、それを実行されていることはとてもすばらしいと思います。

私はプロフィールにあるような、一般の方から見たら暴走していそうな車に乗っていますが、公道ではできるだけ安全運転するように気をつけています。急いでいるときなど、ときどき危ないと思われるような運転をしてしまうこともありますが、これからはより一層安全運転を心がけ、障害のある方を危険な目に遭わせないようにも注意していこうと思います。

ヴェルさま 返信いただきありがとうございます。

>障害者への免許交付云々も
 論点はずれていません。
>論点がずれてしまってすみません。

論点はまったくずれておりません。
先のコメントで申し上げたかったとはまさにそのとおりです。

- 社会に必ず一定の確率で存在する障害者がいかに幸福を追求するか。
- そして、そのことによって健常者の幸福追求をできるだけ妨げないためにはどうしたらよいのか。

拠出可能な財源をもってこの相反する二つのテーゼの双方の満足度を最大化するための答えが
「免許を持たずとも不自由しない状態」に近づけることであると言いたかったのです。

ひとつ例を挙げてみます。

「全国の駅の階段を全てスロープ化しバリアフリーを実現しろ」
これは、障害者からよく聞く要求です。
しかし、実際に実行するとしたら大変な困難があります。
1.莫大な費用の問題。
2.限られた階段スペースを割くことによる混雑の懸念。
3.安全上の問題。
  健常者が(特に子供などが雨の日に)スロープ上を走ると転倒して怪我をしないか。

A.全国の駅の階段を全てスロープ化することによる障害者の利益 X 対象障害者の人数
B.上述1-3に示すようなデメリット X デメリットを受ける人の総数

A<B or B<A ?

このように考えると現実的な対策としては
- 駅に障害者用押しボタンを設置して、それが押されたら駅員が駆けつけ補助する。
- 周りの人が補助する。
といったところが合理的妥協点にならないでしょうか?

「障害を持つ人が障害を感じなくてすむ社会を!」
このような主張を聞くことがありますが、これは上述の2つのテーゼのうちの一方からの視点が
まったく欠落していないでしょうか?

今回の免許制度に関しても本質的には同じ問題ではないかと考えます。

ここをみている賛成派の方々にこのようなことを訴えたくて、この場をお借りしました。

何度も多くのスペースを使わせて申し訳ありません。
Zさんが提案して下さったインフラ面への条件は殆ど同じ様に必要性を感じますがヴェルさんが仰られている様に予算の問題があり実用化はあまり期待出来ないものだと思っています。
私はある福祉活動に参加しており現在の医療の現状を知っている上で意見させて下さいね。


現在の介護保険制度では多くの部分がカットされていく傾向にあるのです。
例えば病院、介護施設の療養ベッドの削減。
今まで必要に応じレンタルできていた歩行器など介護保険ではレンタル出来ない方針になりつつあります。
そして介護サービスも障害区分に応じ受けられていたサービス時間が短くなりつつあるのです。
今まで要介護2だった方が更新の度に要支援3に変更されそれたりと今まで受けることが出来ていた、必要としていたリハビリも受けられなくなり通院介助が必要な方もサービス時間の削減がされ病院へ通いたくても通う事が出来なくなってきているのが現状です。
病院や施設での介護を必要としている身障者は福祉の予算の関係で病院や施設側が受け入れることが出来なくなってしまい3ヶ月~6ヶ月経過したら他の病院や施設に追い出されています。
追い出されても今度は受け入れてくれる病院や施設が見付からないのです。

社会に必ず一定の確率で存在する障害者がいかに幸福を追求するか。
とありますけど実際には追求することが出来なくなっているのが日本の現状です。
全て国、行政の予算都合、ですから今の日本では国に頼るのはとても難しいことになっています。

焦点がずれてしまいましたがそういう社会で今回の改正に当たって必要とされるインフラ面でのサポートを期待するのは全く期待出来ないと言って良いほどなんですよね。
今の社会では個人が声をあげ行政に対し意見を言うべき時代になってきていますが実際のところ国民の意見が聞き入れられることが皆無に等しいのです。

そういうことを考えると今回改正だけが先に決まった原因が理解出来るような気がしています。
国民が声を上げるべき時代にその声を聞き入れてもらえない。
そうなってくるとやはり今回の自動車免許の更新、習得に関して出てくる問題は聴覚障害者自身が出来る限りの金銭面での出費も必要なのではと考えてしまうのです。
ガソリン税を使わせて頂けるようになるのは私たちも理想とする事ですが健常者である議員たちが決めてしまったこと、
悲しいですがこれも期待出来ないでしょうね。
日本は健常者、障害者に関係なく住み難い国になってしまいましたね。

>Zさん
こんにちは。

先のコメントから論点がずれてしまったかと懸念しておりましたが、どうやらそうではなかったようで安心しました。

Zさんが挙げられた例ですが、いくつかの駅では別の形として、エレベータの設置が進んでいるようです。設置にかかる工事や維持費などを考えると全ての駅で設置するのはなかなか難しい問題ではありますが、スペースの問題や安全上の問題だけで考えれば、スロープ化よりは現実的かな、とも思えます。

また、エレベータであれば、メリットとしてお年寄りなどが利用できることも挙げられますね。ただし、先にも書きましたが、費用や維持費の問題でなかなか実現は難しいでしょう。

優子さんのコメントにもありますように、こういった予算はなかなか取ってもらえないのが実情であり、理解を得るのも難しい状況のようです。

実際問題として、すでに社会は健常者にとって不便の少ない作り(障害者と比較して、という意味で)なので、健常者の今の満足度ありきで障害者との共存はかなり難しいと思います。

確かに障害者側の主張には、健常者へのデメリットを全く考えていないだろうと思われるものもありますが、お互いの幸福を追求するということは、逆に見ればお互いのデメリットを公平化するということもあるのではないでしょうか。

そして、デメリットを公平化するには、健常者側もある程度妥協しなければいけない部分もあるでしょう。

ただし、話を戻しますが、今回の『完全失聴者にも免許交付』に関しては、障害者のメリットだけを追及し、それによるデメリットが考えられていないのが問題であり、このデメリットに関して健常者側が妥協することはできない、と主張する方が多いのだろうと思います。

>優子さん
こんにちは。

スペースに関しては全く問題ないので、お気になさらないでください。実際に福祉活動をされており、医療現場の現状も見ている方のご意見、大変参考になります。

優子さんのご意見を拝見する限り、現状の障害者側の幸福は、最低限必要とする部分が次々に削られているようですね。これらの費用は、国にとっても行政にとっても大きな負担になっているのも確かなようです。予算が足りず、人材も足りず・・・。

今の日本は、そういった部分への予算配分は渋るのに、必要もないような無駄な部分にばかり予算を充ててばかりで、仰るとおり障害者も健常者も住み難い国になりました。

そんな状況なので、悲しいかな、ほとんどの人は自分や家族のことで精一杯で、健常者が障害者のことを気遣う余裕もなくなっているのかもしれないです。

思いっきり脱線してしまってスミマセン・・・。

検索していたら引っかかりました。

みなさん,音の大きさのdBしか気にしていませんが,音には周波数というものがあるのをご存知でしょうか?
障害者手帳の等級の認定は,500・1000・2000Hzの平均を取ってどのくらい聴こえないかで決まります。
(平均の計算方法はいくつかあります)
この周波数帯は人間の話す言葉の周波数になっています。つまり,日常生活でどのくらい不便なのか?が
指標になっています。
それに対して,運転免許は10m離れたところで90dBの音が聴こえること,それは通常クラクションや
サイレンなどのもっと高い周波数です。感音性難聴などでは,人の話し声は聴こえなくても
クラクションなどはなんでもなく聴こえる人もいるわけです。
それらを一緒くたにして語っていませんでしょうか?

幼少の頃から難聴でしたら,健常者の人などよりよほど目で見てあちこちをチェックしています。
(例えば,私がそうです)
そうでないと,成人するまでにダーウィンではありませんが,本当に淘汰されているのでは?
車を運転していて,覆面パトカーなどが後ろについたとき,すぐ気づくとか救急車両が近づいてきたときに,
かなり遠くでもバックミラー等で周りの車より先に路肩に寄せる,交差点に進入するときに
緊急車両が入ってくる雰囲気は一種独特の動きをしますし,ミラーなどでも確認できます。
そのようにして,20数年無事故無違反でやってきてます。

私は2級の障害者ですが,街中を歩いていてひやりとするような歩き方をしている人がかなりいます。
後ろから自転車が来ていても気づかない,交差点でも左右見ない,車運転していると後ろを見ていない,
そういう人がかなりいます。
自分では,「音」とは何なのかはよくわかりません。それほど信用できるものなのでしょうか?
車でも,窓ガラスを閉めて音楽ガンガンかけていたりしたら,健常者でもほとんど外の音は聴こえないと
友人なども言っています。

ちなみに,最もキツイのは中途失聴者ではないかと思います。
目で周辺をチェックする癖がついていないのはかなり厳しいと思います。
そういう方たちに,なるべく外に出て,訓練も兼ねて移動して自分の世界を広げましょう!というのが,
各種障害者割引の制度でもあるのだと思います。

全てが,同一次元で語れるような内容ではないと思います。
長々と失礼しました。

>のびー さん
はじめまして。コメントありがとうございます。

のびーさんのコメントから察するに、おそらくこの記事だけを読んでいて、この記事に対して寄せられたコメントには目を通されていないように感じますので、まずはコメントの方もご覧ください。

コメントの方で、周波数に関して話題にしていますし、高い周波数が聞こえても、何か事故などがあったときの対処が迅速に行えるか、ということも話題にしています。

そして、障害を持った方は高い確率で「○○年間無事故です」と仰いますが、だからといってこの先も無事故でいられるとは限りません。それは健聴者も同じです。自分が事故を起こさずとも、事故をもらうこともあります。そのため、自分の中では「今まで無事故だから」というのは何の指標にもならないと思っています。(これもコメントにて触れています)


>自分では,「音」とは何なのかはよくわかりません。それほど信用できるものなのでしょうか?

音が全く聞こえない状況と、多少でも音が聞こえる状況を比べると、よっぽど特殊な状況を除き、後者の方が今の状況を把握しやすいです。また、ビル街などを背の高い建物がたくさんある場所を除けば、音が聞こえたときに、その音がどこら辺で鳴っているのかもだいたいわかります。(高い建物に囲まれた場所では、音が反響して場所がわかりにくくなることがあります)

例えば救急車などのサイレンが聞こえた場合、目に見えないほどの距離だったとしても、どの方角に救急車がいて、だいたいどれくらいの距離にいるのかもわかることがあります。(まだだいぶ遠いな、とか、近づいてきたな、といった感じ)

のびーさんの質問は、例えば全盲の方が「目が見えるからといって、目に映るものがどれくらい信用できるのですか?」という質問をしている状況に近いように感じます。

音に関しては、詳しくはWikipediaの音(http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%9F%B3)をご覧いただくといいかもしれません。


全てを同一次元で語っているつもりではありませんでしたが、そう読み取れたのであれば申し訳ありませんでした。

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